西日本自転車旅 (京都府宮津市 天橋立)

(この記事を書いているのは2022年8月23日(京都府宮津市))

 これからの予定だが、日本海沿いに東に行き、敦賀そして米原方面に行く。米原で自転車を置いて電車で一旦長野に帰り、後日車で自転車を取りにいく。白山を登りたいがそこまでの時間は残念ながらなさそうだ。

 

●2022年8月22日(京都府宮津市 天橋立

 前日の宮津駅近くから自転車で20分ほどの天橋立駅周辺に到着。まずは阿蘇海と宮津湾を結ぶ廻旋橋の水路と涙ヶ磯を撮影。涙ヶ磯のうち際の白いものは貝殻で多く打ち上げられていて、不思議な光景だ。

海水の中は、小さな魚たち、さらに釣って美味しそうなほど大きい魚もこの水路には多く住んでいる。見つけてみてほしい。

水路の両端には歩道があり、この歩道を歩いたり自転車で走るのもとても楽しい。水面中の大きな魚もすぐ近くに見れるのでおすすめだ。他の人は「エイもいるよ!」と叫んでいたくらいだ。

 

●後日、どうしても魚が見たくて再度訪れて撮影した画像2つ。

●さて、あまりにも日差しと気温が暑いので本日泊まる「橋立ベイホテル」に自転車荷物やリュックを置いてくることに決め、まずはベイホテルに向かった。

 

●ホテルは北側にあったので、北側から南側に渡ってみよう。地図の船越の松から大天橋方面に渡る。天橋立の詳しい地図があった。右の湾が阿蘇湾、左の湾が宮津湾である。

 

●湾の中心は、「松林の遊歩道」というのが天橋立の実態である。のんびり歩いてみるのも、自転車で急いで横断するのも良い歩道だ。私は勿論、自転車で走行した。

 

●最後の「大天橋」の様子である。大天橋を境に阿蘇湾と宮津湾がきちんとつながっているのが確認できる。始めは阿蘇湾は独立した湾だと思っていたが、そんなわけがなかった。



 

西日本自転車旅 (屋久島からその後 鹿児島県霧島市、兵庫県丹波篠山市、京都府宮津市)

(この記事を書いているのは、2022年8月20日(京都府福知山市))

(さらに、2022年8月21日(京都府宮津市天橋立近く))

 

「現在世界の国の数は196か国ある。日本はその196か国の国のたった一つの国に過ぎない。日本以外の195か国の人々は、どのような幸せの価値観、お金の価値観を持ち、どのように主体的に自身の人生を考えて生きているのだろう?現地に行き、それを少しでも知りたい。」

 

●さて、屋久島からその後を簡潔に書いておく。

 ・フェリーで鹿児島市に戻る。駐輪場にとめておいた自転車、なんとかけていた鍵だけなくなる(盗まれた?)。バッグなどが盗まれるなら分かるが。

 ・鹿児島市から10号線を通り霧島市に戻る。「アパホテル鹿児島国分」に宿泊。

 ・220号線から478号線「比曽木野福山港線」を登り、牧之原を経て都城市へ。

 ・日南市に行く予定を変更し、269号線を通り宮崎市へ。

 ・宮崎フェリーに乗り、神戸市へ。

 ・神戸市から兵庫県三田市へ。「三田市野外活動センター」でテント泊。

 三田市から丹波篠山市を通り、176号線175号線を北上し福知山市へ。

 ・福知山市から9号線を北上し宮津市へ。天橋立近く。

 

●2022年8月16日(鹿児島県霧島市福山町福山「中茶屋公園」)

 霧島市から10号線、222号線、そして牧之原方面に478号線比曽木野福山港線」沿いに「中茶屋公園」の標識がある。

左を向くと公園内部である。真ん中に桜島の展望。

左側は鹿児島湾と大隅半島の展望。

右側は薩摩半島の展望。これらがきれいに一望できる公園だ。車で来た人もぜひ一度駐車して見ていただきたい。

真ん中の休憩机に猫も2匹いて、ニャアニャア喧しく鳴いていた。

 

●2022年8月20日(兵庫県丹波篠山市追入「Coffee &doggarden ちわわん」)

前日は、兵庫県三田市の「三田市野外活動センター」でテント泊をし、朝食を食べないで丹波篠山市を通過する。google mapで「National Rte 176」の新鐘ガ坂トンネルの手前の信号を左に折れ、138号線を176号線に沿って進むとある。ドッグカフェというところに入るのは初めてだ。右側に、ドッグランできる芝生があり、ドッグはそこで運動させるようだ。

 

●中はドッグのグッズや犬の里親募集などがあった。

注文したのは「シフォンケーキ」のみである。当然、小さな犬(犬種はチワワ?)に吠えられたが別に恐れはしなかったが、犬よりは猫が好きなのはばれてしまうようだ。店員は女の人で、はじめは話ができなかったが、徐々にこれまでの旅(九州旅など)のことを話すことができた。以前この店に大学生の旅人が訪ねてきたこと、そして周りに街灯がないので、外出して夜戻ると自分ですら店の場所を通りすぎてしまうほど暗くなるそうだ。

 

●最後に、店の前で記念撮影をしてもらった。

 

●2022年8月21日(京都府宮津市小田(普甲峠からの宮津湾の眺め))

京都府福知山市175号線から新大江付近で9号線「宮津街道」を北上する。途中、「日本の鬼の交流博物館」にも寄る。博物館をあとにしたあと、さらに自転車を押していくと普甲峠に着き、そのまま下り坂になる。そのすぐ拓けた道で見た宮津市街の眺めである。

神戸市から3日目で日本海側に来たという達成感が沸いてくる。手前が宮津港、奥が宮津湾である。天橋立は左の海のほうだがぎりぎり見えない。さらに天橋立を挟んだ左の海「阿蘇海」も残念ながら見えない。まあ、明日実際に近くに見るのでそのときの楽しみとしようと思う。

 

●明日(2022年8月22日)は、天橋立を堪能する日とする予定である。そう・・・どうしても天橋立を見たかったのである。長野県からは車でもここまで来るのはおそらく最低2~3日はかかるであろう。今回の旅で見ておかないと、絶対後悔すると思い、あえて神戸市から山越をしながら北上したわけだ。

 

●最後に、京都府福知山市上天津175号線沿いにある「amadu kitchen」にあるパン屋さんでパンを買ったときの袋。手作りの新聞紙で作った袋に「ありがとう」という買ってくれた人に対する「感謝」の言葉。この言葉を一日に1回でも言葉にあるいは心の中でもいいので発するようにしようと思う。

 

樺沢紫苑先生のアドバイス、提案

 「3行ポジティブ日記」「3行面白日記」

 「3行感謝日記」

 「3行親切日記」

旅が終わったら、始めてみようと思う。

 

 

西日本自転車旅 (屋久島(日本百名山:宮之浦岳))

(この記事を書いているのは、2022年8月15日 鹿児島県鹿児島市

(続きは鹿児島県霧島市、明日から西に向かい、宮崎県日南市そして宮崎港から神戸行きのフェリーを目指す。)

 

宮之浦岳登頂まで(2泊3日)

 

●ついにこの旅のクライマックス、屋久島の宮之浦岳に来た。長野県から自転車を乗り継いで2か月以上、改めて毎日の漕ぎ、少しづつでも進めばどんな遠くでもいける、という事実を実感した。8月10日に高速フェリーで鹿児島港から移動し、「民宿のどか」の宿泊。明日からの2泊3日の行程のために、2ℓのペットボトル飲料2本、チーズ類、チョコレートやお菓子、バナナなどを買っておく。さらに弁当屋の「やくしまキッチン(宮之浦)」で朝弁1つ、昼弁2つを前日に注文し、明日の8時に民宿のどかに届けてもらう。

そして、民宿のどかで「淀川登山口」までのバスの詳細を教えてもらう。

 

2022年8月11日(1日目 花山歩道コース~鹿之沢小屋)

宮之浦港からバスで淀川登山口に向かうつもりが、乗り換えを忘れてバスに乗り続ける。島の西側にきたときに、おかしいと気づき、仕方がないので終点の大川の滝まで乗せてもらう。ここから花山歩道コースの始まりとなる。10時27分に開始。宿泊予定 の鹿之沢小屋に明るいうちから到着するのか少し心配ながらも進む。

 

●一度目の猿との出会い

画像のような林道をひたすら上りながら進む。途中で弁当屋「やくしまキッチン」の朝弁を食べる。食べて体力をつけないとこの日は持たないということを分かっているからだ。

 

さて、食べたあとどんどん登ると、道の中央に猿が2匹いたのである。猿も危険であるとは聞いてはいたが、猿から3m離れた道を歩いて通りすぎた。その時、1匹の猿に目が合った。だからなのか2匹の猿が近寄ってきて1mまで近寄ってきた。あわてて持っているトレッキングポールが先が尖っていたので猿に向ける。猿の動きが止まったが、まさか近寄ってくるとはと思っていないので肝が冷えた。体を猿に向けながら後ずさりし、猿と距離を取り別れる。「猿に襲いかかられて、引っかかれる」ことも考えられるので猿にも注意だ。今度からは「猿が立ち去るまで待機をすることにしよう」と決めた。

 

花道歩道入口に到着

12時24分、林道を登り続けやっと花道歩道入口に着いた。ここから本格的な登山となる。永田岳まで10Kmと表示されており、また本コースのイラストマップがあったので載せておく。さらに、この花道歩道コースは「屋久島の中でも、最も原生に近い森の姿を見ることができる」と書いてある。

 

●花道歩道入口(標高500m)から次の花道広場(標高1230m)まで推定時間は4時間。約730mを登っていくことになる。このコースはとにかく傾斜がきつく、鬱蒼とした森林をかきわけていく登山道であり、またピンクマーカーも勿論あるのだが、見落としやすい。なので一見どこが登山道なのか分からなくなることが何度もあった。画像のような石の上などで、頻繁に休憩をし、水分補給をしないと持たない。傾斜のきつさ、暑さによる汗で眼鏡が曇る、マーカーの見落としによる道迷いの不安などがあるので確かに「一般向けではないコースで安易に選ばないください」と書かれているのは言い過ぎではない。

 

●花山広場(15時30分到着)、広場といっても特に座るところもない。近くに「水場」もあるが、飲み水はまだ余裕があるのでそのまますぐに歩き出す。

 

●大石展望台(16時36分)鬱蒼とした森がようやく明けて、先の展望が見える大石の上の展望台に到着。

 

●鹿之沢小屋(17時40分)に到着。なんとか暗くなる前に目的の小屋に着くことができた。さすがにこの日の行程は疲労困憊だ。着ている服も汗でぐっちょりだ。このコースそしてこの小屋、このお盆の時期なのに人は誰一人いなかった。まるでこの世界にいるのは一人だけではないかと思わせるようだった。昼弁を食べ、暗くなる前に寝袋に入り、眠りに入る。

 

2022年8月12日(2日目 鹿之沢小屋~永田岳~宮之浦岳~新高塚小屋)

●小屋は6時に出発。しかし、ここで道を間違える。永田岳に登るコースではなく、永田歩道のほうに行ってしまい、15分ほどで間違いに気づき、戻ったため30分ほどロスをしてしまう。

 

●永田岳に向かうコースに6時30分に入る。鹿之沢小屋(標高1560m)、永田岳(標高1886m)なので300mほどを登る。屋久島の北西方面を写す。また、ローソク岩付近からの景色も写した。快晴の眺めは最高だ。

 

●永田岳山頂(7時45分)到着。相変わらず、誰もいないが一人でこの景色を独占しているという優越感がある。気温もちょうどよく適度に風も吹き、ずっといたい感じだが、暑くなる前に宮之浦岳に行きたいので動き出す。

 

●焼野三差路(8時45分)。永田岳方面、新高塚小屋(縄文杉方面)、宮之浦岳(淀川登山口方面)の3方向に行ける地点である。

 

●(二度目の猿に出会い、悩まされる、無事宮之浦岳山頂に着く)

さて、三差路から宮之浦岳山頂に向かうが、ここで思わぬ事態に出会う。画像を見ていただきたい。岩の上にいる黒い物体は何に見えるだろうか?はじめは石?いや人?いや猿か?と思っていたが、かすかに動いたのを見たらやはり猿だった。そう、猿が付近の見張りをしていたのである。

前日に猿に近寄られたこともあり、猿には少し恐怖心がある。道を登りながら進むが、猿が3匹ほど付近で見張りをしている。猿に会ったら向こうが去ってくれるまで待とうと思っていたので、道を引き返し、様子を見ることにした。もういいかと登ると、ボス猿らしき猿がこちらを見て相変わらず見張っているのである。そう、猿はなかなか一か所から動こうとしないのである。参ってしまった。まさか猿がいるせいで念願の宮之浦岳を今日は登れないと本気で考えたほどである。30分ほど下の岩で待つ。すると山頂から人の声が聞こえたので、人が来るなら大丈夫だと思い登り始める。どうも餌を食べている時間帯で猿も少し攻撃的になっていたのかもしれない。

 

宮之浦岳山頂(標高1936m)(10時12分)ようやく到着できた。猿に2度も悩まされるというトラブルがあったが、今となっては良い経験になった。しかめっ面をしているのはまぶしいからだと思う。さらに日本百名山27座目を紙に書いて撮影。もう少し字を大きく書けば良かったと思うが。

東を向くと、平べったい島。種子島である。

北西方面は、硫黄島、そして2015年に噴火をした口永良部島である。

 

●再び、焼野三差路に戻るが、降りるときは猿はもういなかった。貴重な猿の縄張り時に出くわしたと思えば、良い経験と言えるだろう。11時21分、平石岩屋に到着。

 

●坊主岩の姿。遠くから見ると、愉快な坊主の顔に見える岩が見える。



●第二展望台、第一展望台を経て、12時50分「新高塚小屋(標高1400m)」に到着。宮之浦岳登山や縄文杉を見にくる人はほとんどがこの新高塚小屋を使うようだ。人が多い時期なのかメインコースなのか、当たり前だが人が数人いた。小屋は無料で宿泊できるしテントをおいてきたので、今回は小屋の中で宿泊。相当減った水も近くの水源で補給。ただ、ほとんどの人は山小屋の外の木製通路などにテントを張っていた。自らのプライベートを邪魔されたくないのかもしれないが、見知らぬ人同士だが登山好き同士の会話が何より楽しみであると思うと寂しい気もする。(新高塚小屋の画像がないのは申し訳ない)

 

2022年8月13日(3日目 新高塚小屋~縄文杉~ウィルソン株~荒川登山口~安房へ)

 

●朝、6時に起きると小屋の中や外のテントのほとんどの人はすでに出発したあとだった。皆、暑くなる前に動き出す、また辺りが明るくなる時間の5時から5時30分には動き出しているのかもしれない。最もな理由だ。

 

●「新高塚小屋」を6時30分に出発。宮之浦岳登頂という目的を達成した後で、帰り道ということもあり少々「燃え尽き症候群」らしい心境だ。だが、帰るまでが旅なので最低限の気は持っていく。

 

●次の通過地点は「高塚小屋(標高1330m)」だが、深緑の森を抜けて降りたり登ったりとする道なのでかなり大変だ。おまけに朝食もほとんど食べていないので馬力があまりでない。7時25分、ようやく「高塚小屋」に到着。ここで朝食を食べないとと思い、はじめは外で食べていたが、虫が寄ってきてしまう。なので無人の小屋の中で食べさせてもらう。

 

●「高塚小屋」から200mのところにあるのが、いよいよほとんどの人のメイン名所「縄文杉(標高1300m)」である。7時50分に到着。グレートトラバースで見たのみで、ほとんど知らない。6人ほどの男性団体が木製の高い欄干上から縄文杉を眺めていた。

「樹齢1000年(縄文杉は樹齢7200年とあとで知って驚いた)を超えてなお生きる縄文杉をはじめとする屋久杉は屋久島の森の象徴である」と下の説明文に書かれている。木の幹を見ても、悠久な年を重ねた老獪な姿であるし、その上に子、孫、ひ孫、ひひ孫・・・・と枝や葉が生えてもなお生き続ける姿に感服を受ける。

 

縄文杉をあとにすると、急激に下りばかりになり、徐々に荒川登山口からや白谷雲水峡からの登りの人が増えていく。ほとんどの人(団体)はツアーの人達で先頭にツアー案内の人が説明をしているのを目にした。まあ、私はツアー参加は向かない性格だ。富士山を登頂したときは、日本百名山の1座目であるし、高山病の対策もあるしで参加したがやはり自由で個人気ままな旅が合っているのだ。

 

●ウィルソン株(標高1030m)に近づくと、登ってくる人とすれ違うときに縄文杉まであと時間はどれくらいかかるのか?と聞かれたこともあった。縄文杉からウィルソン株までは降りて1時間かかったのだから、登りなら良くて1時間30分はかかる、と伝えておいた。まあそれくらいはかかると言うのが妥当なところだろう。

 

●ウィルソン株に8時54分到着。屋久杉の切り株である。15人ほどは周りにいただろうか。中に入ると、上が開いていてハート形に見えるようだ。画像だと見えないのであるが、確かめたい人は実際に行ってみてほしい。

 

●9時25分、大株歩道入口(標高900m)に到着。荒川登山口、白谷方面からくる登りの人はこの階段を登ってようやく登山開始となる。

 

●9時30分に大株歩道入口を出発すると、あとはほぼ平らな線路上の板上の道を進んで荒川登山口に行くことになる。ずっと画像のような道だ。

 

●ひたすら線路上を歩き、三代杉や小杉谷小中学校跡などを途中で見ながら、11時45分に荒川登山口に到着。ここからバスに乗り屋久杉自然館まで行き、安房の町に行く。ただ、バスは15時までこないのでひたすら待つしかない。途中で少し雨が降ったりしながらバスを待つと、14時くらいでバスを待つ人たちでいっぱいになる。15時に乗ったときは、ほぼ満杯の客だった。15時45分ほどで屋久杉自然館に到着。

 

安房の町に行く途中、「Tama Cafe」に寄る。店の画像がなくて申し訳ない。女性オーナーの人そして2人の若い女性客がいた。脱穀米のココナッツカレーを注文。まともな食事はほぼ取っていなかったので、生き返る。女性オーナーの人は滋賀県出身で店は移住して3年目のようだ。どうして移住したのかも聞いたが、やはり屋久島の人柄に惹かれて移住したようだ。本ブログを書いていること、海外にも行くことも話し、またオキシトシンという幸せホルモンが分泌したようだ。

 

●宿泊したところは、安房町も「Hotel オーベージュ」。明日は屋久島から出発することになり、いよいよ帰宅することになる。

 

最後に、「北海道は熊に気をつけよう、屋久島は猿に気をつけよう」

西日本自転車旅 (熊本県小林市生駒高原、鹿児島県霧島市(日本百名山:霧島山(韓国岳))

(この記事を書いているのは、2022年9月24日(石川県白山市白峰))

 

●とっくに西日本自転車旅は終わっているが、まだ本記事を書いていなかったので書き記そうと思う。現在、自家用車で石川県白山市に来ており、明日は念願の白山登頂する予定である。ここ数日の天候は登山には不向きで、特に昨日はどしゃぶりの天候であった。なので、車中泊を2泊(道の駅白川郷、道の駅越前おおの荒島の郷など)した。

 

●2022年8月9日「霧島温泉郷から見る桜島」の様子である。

 

 

 

西日本自転車旅 (大分県竹田市)

(この記事を書いているのは2022年8月1日(宮崎県五ヶ瀬町

 

(2022年7月27日)

大分県竹田市(たけたえき前 ホステルcue)

●正直、竹田市は祖母山に登山するための中継地点と思っていたが、持っているツーリングマップでは竹田は「湧き水に恵まれた水の街 歴史的遺産も多い城下町」と紹介されている。阿蘇市もそうだが、「湧水に恵まれた街」というのは惹かれるポイントであり、竹田市で宿泊しようと決めた要因だ。

 

●さて、その竹田市で宿泊したのが「たけたえき前 ホステルcue」。

古い民家を改築したゲストハウスはもともと好きなのである。堀場夫婦(堀場貴雄さんとさくらさん)で(ご夫婦のお名前は「マガジンハウス コロカル」というHPで確認)運営されているようである。さくらさんがとても丁寧にゲストハウス内そして竹田の町の手書き地図を渡して説明してくれた。

 

●ゲストハウス内の「和室の談話室」もう一つ「洋室の談話室」もある。

 

●「箱庭」も惹かれたところだ。三重県亀山市関宿にある「旅籠玉屋歴史資料館」内にも「箱庭」があったことを思い出した。中庭でもない箱庭の狭い空間内がなぜか好きなのである。

 

和室の談話室で本ブログを更新し続けながら、ゲストハウスの女性スタッフのマリさん(さくらさんから名前を聞いたけど間違っていたら申し訳ない)もとても親切に気づかっていただいた。私が小学1年生の時にヨーロッパ(西ドイツをはじめ、ベルギー、オランダ、スイス、オーストリア、イタリア、フランスなど)に3か月行ったこと、そして6歳という自我が目覚めるときに多くの価値観が混在する国に行ったことが現在の私の性格になったことを話すことができた。

 

●夜は近くの「竹田温泉花水月」に行った。ゲストハウスで事前に整理券を購入すると100円安くなった。とてもいいお湯で、ゲストハウスに帰ってから猛烈に眠くなり、そのままベッドに就寝。温泉の効果と阿蘇山登山の疲れもあったのかもしれない。

 

(2022年7月28日)

●次の日の朝食である。小さい容器にあるのはグラノーラがのっているヨーグルトである。グラノーラを食べたのは初めてでヨーグルトにこんなに合うとは思わなかった。

 

●チェックアウト直前までブログ更新。しかし今日泊まる祖母山登山口近くの宿泊施設が決まらない。堀場夫婦にも相談をし、おすすめ宿も残念ながら本日は空きがない。なんとか「陽目の里キャンピングパーク」でテント泊を予約することができた。本当に相談にのってくださりありがとうございます。(ただ、「陽目の里キャンピングパーク」から祖母山神原登山口まで自転車で2時間以上はかかり、登山する前に結構疲れました(笑))

 

●最後は、ゲストハウス前で記念撮影。堀場夫婦と私と自転車とで。そして仲の良いご夫婦の二人。このゲストハウスもとても良い思い出になることができた。

 

●このあとは、祖母山に行く前に「瀧廉太郎記念館」「佐藤義美記念館」にも寄ることになる。続きはまた今度。

 

西日本自転車旅 (九重町、熊本県阿蘇市)

(この記事を書いているのは、2022年7月28日(大分県竹田市

 2022年7月31日では(宮崎県五ヶ瀬町 265号線椎葉村への途中、7月30日、31日はどしゃぶりの雨の中の行程だった)

 

2022年7月25日~27日(熊本県阿蘇市

 

(7月25日)

●「くじゅうやまなみキャンプ場」を拠点に、九重連山(最高峰中岳)を登頂したあと、阿蘇市に向かう。11号線のやまなみハイウェイを自転車を押して牧ノ戸峠にまず到着。昨日の中岳山頂(標高1791m)はガスっており(画像参照)、残念ながら景色は全く見せなかったが、この日はさらに山に雲が立ち込めている日だった。

 

●牧ノ戸峠からはひたすら下り坂で、快適に進む。12時に阿蘇市に到着。阿蘇山を登るために拠点として「亀の井ホテル阿蘇(旧 かんぽの宿阿蘇)」に2泊する予定である。画像では雲があり見えないが、晴天なら部屋から阿蘇山根子岳高岳、中岳など)が見える絶景のホテルだ。

 

●「阿蘇水守三連すい車」を発見したので、ここで涼しさを求めて休憩する。

上からの水がすい車に注がれ、多く溜まってくると重さですい車が回り続けるという仕組みだ。椅子に座って涼んでいると、地元のおじさんが寄ってきて旅人のことに興味を持ち話しかけてくれた。純粋に旅人に興味を持ち、さらに話かけてくれるのは好印象だ。阿蘇市は感じの良い市だ、と思う。

 

(7月26日)

●いよいよホテルから歩いて阿蘇山の登山口まで行く。「仙酔峡登山口」までひたすら1時間以上歩く。途中、草を目の前で食べる黒牛を撮影。牛は舌で草を巻きとって食べる様子が分かる。

 

●頭がボコボコしている山が「根子岳」である。今回は、中岳登山口から中岳、そして最高峰高岳(1592m)の山頂を目指す。

 

●階段をひたすら上り、晴天なので中岳、高岳根子岳など目標のゴールが常に見える形で登れるのでありがたい。

 

●私の登山だが、どうも登山のはじめの頃は暑さや疲れで「本当に頂上まで登れるのか?」と少し思いながらも「まずはもう少し足を動かそう」・・・という心境であることがある。しかし、4、5合目あたりからどうも疲れや暑さなどがあまり感じられずに無心で登り続けるようになる傾向がある。どうも、途中で「フロー」の状態になるようだ。フローとは「没頭した状態」「集中した状態」になり、余計な雑念などがなくなる状態になり、そのまま頂上まで水などもほとんど補給することなくたどり着けるようになるのだ。などと、これまでの日本百名山24座を登り続けて分かったことである。

 

●登山道の途中の道はこのように山の様子がつねに分かる登山口だ。

 

●山頂の途中までロープウェイがあるが、完全に今は廃墟のようで、山頂に行くなら歩いていくしかない。途中からまるで万里の頂上のような山への道を歩く。

 

●噴火口の近くまで来た。まさに活火山の雰囲気だ。これが活火山、見たことがない荒涼とした景色だ。硫化水素の臭いがかなりするのであまり長い時間はいないほうがいい。

 

●この火口跡からさらに中岳のほうに登っていく。

 

●圧倒的な火山地帯の登山道を登り、途中の中岳(標高1506m)山頂に到着。阿蘇の街並みは美しい。

 

●最高峰の高岳まではあと90m弱だ。

 

●ついに、阿蘇5山最高峰の高岳(標高1592m)の登頂。山頂にいた3人(若い男性2人、女性1人)に撮影していただいた。勿論、私も撮影をお受けをし、お互い様であることを確認する。これで日本百名山24座だ。ようやく4分の1,もう4分の1、ついに4分の1,人によって様々な感想だろうが、達成感はひとしおだ。

 

●さて、山頂での出会いについて。

先の3人(若い男性2人、女性1人)はどうやら登山はやり始めのようだ。男性2人は九州から、女性は名古屋からと聞いた(間違っていたら申し訳ない)。百名山を登り続け、長野からずっと自転車旅を続けていること、昨年も同じように北海道自転車旅をし続けてきたこと、そして何よりこのブログがgoogleで「西日本自転車旅」と検索すると、検索されることを女性が教えてくれた。内心、すごく嬉しかったと同時に「続ける、継続する」ことがこれからの時代はものすごく大切になってくることを改めて悟った。

 

また、3人が下山したあと、中高年の男性女性のグループにも声をかけられ、今回の旅について、さらに海外に出かけることを話すことができた。プリンをいただいたり、凍った柿をいただいたりもした。どうもごちそう様でした。

 

●下山をしたら、今度は亀の井ホテル阿蘇近くの喫茶店「珈琲と紅茶 瑞季」に行きたいと思っていたので、行ってみる。ところが、この日は満席で入れないとのこと。しかし、どうしても食べてみたいものがあるので、店の前でご主人に直接明日の来店予約(11時30分)をし、「マンゴーパフェ」も予約。季節のパフェは事前の予約で食べられる(当日では食べられない)のでご注意を。

 

(7月27日)

●連泊した亀の井ホテル阿蘇をチェックアウトしたあと、しばらくフロントで過ごし、昨日予約した「珈琲と紅茶 瑞季」に行く。当日一番乗りであり、私一人である。店内はしゃれた雰囲気で非常に落ち着く。ご主人そして奥さんが出迎えてくれた。

 

●さて、昨日予約注文した「マンゴーパフェ」。生クリームの甘さもちょうどいい!マンゴーの自然の甘味を基準にして、全体がすっきりした味になっている。下までたっぷりマンゴーのかたまりがあり、まさにマンゴーづくしのパフェである。

 

●飲み物は店名のように珈琲と紅茶、どちらも非常にこだわりがあるようだ。特に珈琲豆は「コンテスト入賞豆(カップ・オブ・エクセレンス)」である。全生産量の0.01%にも満たないほんの僅かな珈琲豆である(HPを参照にしていただきました。間違っていたらごめんなさい。)。迷った末、「エチオピアモカ(イルガチェフェG1)」のホットをいただいた。すっきりして飲みやすく、最初は珈琲のみを、そのあと砂糖を入れ、計2杯を堪能させていただいた。

 

●また水のお話をしていただいた。ホット珈琲に使う水は実は水道水であるのだが、飲んでみるとどこの湧水から汲んできたのですか?と聞いてしまうほど、飲み心地が良い。この阿蘇周辺の水道水も素晴らしいのだ。昔は消毒しなかったようだが、現在はわずかに最低限消毒はしているようだ。

また、アイス珈琲の使う水は阿蘇市の「手野の名水(阿蘇市の北)」を使っていれている。これほど使用する水を使い分けている喫茶店があるのだろうか?

 

●この阿蘇市は、初めて来た町だが、「亀の井ホテル阿蘇」の満足感、阿蘇山高岳での出会い)、そして今回の「珈琲と紅茶 瑞季」での美味しいパフェと珈琲そして出会い・・・など本当に旅で来て良かったと思える町だった。

 

●このあとは、東に行き再び大分県に入り、竹田(たけた)市に向かう。

 

 

西日本自転車旅(佐賀県西松浦郡有田町原明甲、大分県由布市由布町由布岳(日本二百名山))

この記事を書いているのは2022年7月18日(大分県由布市由布町)

 

(2022年7月13日)

自然派TIAREスムージーショップAban(アバン)(佐賀県西松浦郡有田町原明甲)

前日は、長崎県柚木町53号線(柚木三川内線)の相浦川沿いで野宿をした。川の流れるコンクリートの上でのテント泊から出発。大分、テントの中でももはや熟睡することができるくらいまでテント生活も慣れてきたと実感している。その後、202号線佐世保三河内IC付近で合流し、「なんとなく朝食が食べたい」と感じながら店の前で休憩をしていた。

 

●店の前で休憩をしていたら、店員の「松本明美さん」に声をかけられ、「朝食を食べていくように勧められたのでご厚意に甘えることにした。

 

●声をかけられて店の中に招かれて正直「おっ・・・もしや」と心の中で思った。「このような出会いそして絆などが大事で、この旅を続けている意義がある」と直感したのである。

 

●それは松本明美さんの考え方や見方が、明らかに一般の人(日本人のほとんどの人は私にはB層に見える)とは違っていたからだ。そう・・・マイノリティ側なのだ。マスコミの報道をそのまま鵜呑みにせず、本を読み、インターネットを見て自分自身で調べて自分自身で判断をする。「参政党」のポスターが店の中に貼ってあったのも興味深かった。余談だが、今回の参院選の比例選で参政党の党首「神谷宗幣氏」が初当選をしたのは、日本にとってまずは小さな一歩であったと私は思っている。

 

●朝食は、まずは野菜のスムージーをいただいた。冷えているし、栄養不足(笑)の旅の身体に栄養素が染み渡る。その後チャーハン、エノキタケのみそ汁、そしてトマトやアルパラ、キャベツなどのサラダをご馳走になった。本当にありがとうございます。この旅が終わったら、長野県の名産を送らせていただきます。

 

●店の外の大きな亀を見ることも勧められたので撮影。名前は・・・何でしたっけ?固有名詞がなかなか覚えられなくて申し訳ない。どうももう一匹いるようだけど?

 

●最後は、松本明美さんと店の撮影。本当に朝食そして楽しいお話ができてありがとうございました。

 

(2022年7月18日)

日本二百名山由布岳大分県由布市由布院

 

●「由布岳」は日本百名山を選定した作家で登山家の深田久弥がこの山を選定しなかったことを後悔した山である。それくらい存在感のある山であると思う。

 

佐賀県有田町からひたすら東に行き、佐賀市に宿泊。その後福岡県久留米市うきは市大分県日田市、玖珠町、そして玖珠町の679号線川上玖珠線で野宿をする。679号線の「陸上自衛隊日出生台演習場の朝からの(8時から鳴り始めた)凄まじい砲音(この砲音は聞くと本当に大きな音でびびる)を聞きながら、7月17日にようやく由布市由布院に到着。

 

由布岳は以前、自家用車で久住山を登山するときに途中で寄って見た山だ。日本百名山ではないので、その時は登山をしなかったが、とても綺麗な緑で覆われた円錐状の山だったのを覚えている。ただ、その綺麗な緑で覆われた円錐状の山は「飯盛ヶ城」で、由布岳は1500m台の東峰、西峰と左右双子のような2峰であることを知った。一番左の小山が「飯盛ヶ城」で右の二山が「由布岳」である。左が西峰、右が東峰である。

●湯布院駅前からバスで由布岳正面登山口に移動し、午前9時30分に登山開始。飯盛ヶ城もそうだが、存在感のある双子2峰が出迎えてくれた。登山道はまずは森の中を緩やかな道をゆっくり標高を上げていき、森林限界を超えたあたりで、由布院町や正面登山口、そして飯盛ヶ城のはるか上が見える。たまに、遠くで雷雲の音も聞こえる。

 

東峰、西峰と分かれた登山道があるが、まずは東峰の頂上を目指す。11時40分、由布岳東峰に登頂。日本二百名山の1座目であることも感慨深い。頂上付近はかなりガスっているが、すぐに雲が晴れてまたガスっての繰り返し。東側は別府湾が見える。

 

南側は湯布院町そして遠くにこれから登る日本百名山の「祖母山」も見えるはずだが確認は難しい。

 

東峰の頂上を降り、西峰との分かれ道に戻り、今度は西峰を登る。しかし、西峰は鎖を使って岩を登っていくのでかなり危険である。途中、垂直の岩を鎖を使って上がっていくところもあり、これは危険だと思い、今回は西峰は断念。西峰を登る人はヘルメットそして軽荷で行くなど十分気をつけていただきたい。

 

●引き返し、再び東峰、西峰の分かれ道に戻り、登ってきた登山道を下る。途中で、Youtube動画らしきカメラを構えた人に遭遇する。Youtubeカメラは興味があるので声をかけてみた。Youtubeや他のSNSfacebook)などの話題になり、撮影もしていただいた。福岡県久留米市在住で「克兄の山日記」というYoutubeチャンネルを上げておられる(お知らせカードも戴いた)ようなので、見ていただきたい。

 

●明日は、別府市に行き、その後久住山に登る予定である。8月15日~17日には宮崎県のフェリーで神戸方面に帰る予定なので、今後はかなり急いで巡る予定になりそうだ。

 

●様々な人との出会い、改めてこの旅を続けて良かったと思っている。